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航空写真で見る姫川港のあゆみ
胎動(昭和45年:開港3年前)
当初、「歌海港(現在の田海川河口から親不知駅付近まで)」が港湾区域でしたが、昭和40年8月に電力供給や地形・地質の面で利点がある現在の位置に港湾区域を改め、同年9月に姫川港の整備が始まりました。現在と比べてまちの様子も異なっています。

開港(昭和48年)
日本海特有の風浪に見舞われる難工事を克服し、昭和48年9月30日に開港を宣言し、姫川港の歴史が始まりました。その後、姫川港で最も主要な取扱品目となるセメントの移出が、同年11月に始まりました。

石炭輸入始まる(昭和54年:開港6年)
昭和54年にロシアから石炭の輸入が始まりました。石灰石の焼成や発電に使用する石炭は、姫川港の輸入の主要品目です。「対岸」という地の利から、長い期間ロシアから輸入してきました。

中央ふ頭完成(昭和61年:開港13年)
昭和52年から昭和61年にかけて、中央ふ頭地区の各岸壁が完成し、中央ふ頭地区の基盤が整いました。港湾整備と同時期に開始した寺島地区の区画整理が進められている様子が伺えます。

沖防波堤着手(平成4年:開港19年)
港内を波浪から守るため、平成2年に沖防波堤の整備に着手し、平成13年に完成しました。これにより、港内が静穏に保たれ、船舶が安全に係留でき、荷役作業の安全性向上が図られました。海水の色の違いは、姫川から運ばれてくる土砂の色です。

リサイクルポート指定(平成15年:開港30年)
セメント・石灰石の移出の帰り便でセメント生成で必要となる石炭灰・鉄鋼スラグ(副原料)、発電用の木くずを移入していたことが評価され、平成15年に国土交通省港湾局から「リサイクルポート」に指定されました。熊本地震(平成28年)では、発生した災害廃棄物(木くず)を積極的に受け入れる等、被災地の早期復旧・復興に貢献しました。

名実ともに国際港へ(平成21年:開港36年)
バブル経済崩壊(平成3年ごろ)後の不況などで国内港湾が総じて取扱貨物量を低迷する中、姫川港は貨物量を伸ばしてきたことが評価され、平成21年に関税法上の開港指定、平成22年には植物防疫法上の輸入港の指定を受け、港湾利用者の利便性が向上するとともに、名実ともに国際港となりました。

西3号岸壁竣工(令和3年:開港48年)
船舶の大型化等に対応するため、平成21年に西ふ頭3号岸壁(推進10メートル、延長170メートル)の整備に着手し、令和3年に供用開始しました。岸壁の供用により、港外で入港の順番を待つ「沖待ち」が解消される等、輸送コストの縮減が図られました。

次なる50年へ(令和5年:開港50年)
記念式典では開港50周年を祝い、次の50年の飛躍を誓いました。帆船「日本丸」招致イベントでは、県内外から多くの来場者でにぎわいました。

※令和4年、令和5年の新潟県作成資料から抜粋。




