【翡翠文学賞】受賞作品が決定しました

更新日:2019年3月20日


昨年創設し、作品を募集していました「翡翠文学賞」について、最優秀賞および優秀賞の受賞作品が下記のとおり決定しました。
今回の文学賞には、全国各地、さまざまな年代の皆様から、計245編の作品をお寄せいただきました。たくさんのご応募、ありがとうございました。

受賞作品

最優秀賞(賞金50万円・記念品)

「花灯り」 春野 美雪 作(大阪府)

優秀賞(賞金10万円・記念品)

「白翡翠」 田村 瀬津子 作(山口県)
「翠の竜」 湾野 はじ 作(北海道)

作品紹介(あらすじ)

花灯り

 散歩中に一つのなめらかな石を拾った曜子は、以来不思議な夢を見るようになる。そこには川津神として翡翠に宿る奴奈川姫という女神が現れた。アクセサリー店で、翡翠を小さな籠に閉じ込めたペンダントを買って以降、さらに奴奈川姫の夢を見るようになる。

 そんな頃、友達の茜が大学院に進み、好きな研究に没頭することを聞く。それを嫉妬しながらも自分の将来に目を背け現実逃避する曜子。夢の中では、自由に生きる奴奈川姫に嫉妬した須勢理姫が、姫を大樹の上にできた籠に閉じ込めていた。須勢理姫を、茜に嫉妬している今の自分に重ねていたのだ。

 夢の中で奴奈川姫に会って直接話してみようと決意し、夢の続きを自らノートに書き始めた。奴奈川姫と対峙することで曜子は前へと進むことができるのか……。

白翡翠

 万里子の父・忠信は、半年前に会社を早期退職し、突然家を出て一人台北に移住してしまう。父の選んだ人生とその理由を知りたい万里子は、父にもらった白翡翠のペンダントを付け、母や妹に内緒で一人台北へと父を追いかけたのだった。

 父が務めている翠玉店を訪ねると、「一カ月たって音沙汰がなければ、警察や家族に連絡してください」と言ったきり、行方が分からなくなっていた。万里子はあきれながらも、店を手伝いながら父の帰りを待つことにする。

 滞在中、翠玉店主の息子レスリーに、父がよく通っていた場所へと連れて行ってもらい、メイという占い師に出会う。メイと出会ったことで父の本意を垣間見た万里子は、父の持つ罪悪感、メイの前から姿を消した行動にいら立ちや怒りを覚える。

 父を追いかけた台北の街で、万里子は自分にどんな答えを出したのか……。

翠の竜

 カイナは、皮膚の一部に深緑色の堅い鱗を持つ「竜の子」として村に生まれる。森の奥には、高価な翡翠の鱗を持った竜がおり、その存在は村の中だけの秘密とされていた。カイナは「御子様」と呼ばれる特別な存在として、竜のお世話をしていた。

 ある日カイナは、竜の鱗の一部が黒く変色していることに気づく。次第に広がっていく変色に不安を覚え、村の書庫係のロハクに相談するが、彼にも理由はわからなかった。

 都から皇太子が視察に来ることになり祭りが開かれるが、竜の存在を隠すためしばらくの間、カイナは家から出られない。しかし、竜は死ぬ前に黒くなることを知り、いてもたってもいられなくなったカイナは祭りに出かけてしまう。その時、村中に轟音が響く。全身が黒く染まった竜が村で暴れているのだ。ロハクから、祭祀用の翡翠の剣で、竜の頭を貫けと言われる。竜を殺して村を救うべきか、そのあとの自分の運命はどうなるのか。カイナに究極の選択が迫られる。



選評

夢枕 獏/小説家

 テーマが難しい文学賞だったと思いますが、想像以上に読ませる作品が集まりました。これはいくらなんでも、といった作品はありませんでしたが、もう少し手を加えれば良くなるのに、と残念に思う作品が多かったのも事実です。テーマである翡翠と奴奈川姫の両方を折り込んで書かれている作品もありましたが、今後この賞が続くとなると、テーマの広げ方に限度があるかもしれません。奴奈川姫と大国主の神話に絞ると、バリエーションが限られてしまいます。翡翠だけにするとか、もっと柔軟な発想で書いてもいいのではないでしょうか。


 大賞の「花灯り」は、描写がしっかりしていて美しく、文章が上手い。作品のイメージを文章できちんと捉えている点を評価しました。また、作中に出てくるあだ名の付け方などの小技も上手いと思います。現在と夢を行き来しながら展開するという手法も上手い。ただ、後半の締めとしてもうひと書き欲しかったところ。手に入れた翡翠に、もっと役割を与えてもよかったのでは。奴奈川姫が宿った石が、巡り巡って自分のところに来て、アクセサリー店でペンダントにしてもらう。それから夢を見るようになったという、そのくらいストレートでもいい。また、主人公のやりたいことは、絵よりも小説の方が設定として生きたと思います。


 優秀賞の「白翡翠」は良くできたストーリーですが、最後にお父さんを出して一勝負してほしかったところ。異国の世界で人に知り合って自分に目覚めていく。ただ、本当にこれが書きたかったことなのか。お父さんが何をしているのか、という謎で最後まで引っ張っているのに、謎のまま終わってしまう。また、徹底的にどうしようもない父というわけではないので、キャラクターがあまり立っていない。この辺りが惜しいところです。読者が何を期待しているか、そこを裏切らずに書く構成は評価します。しかしながら、読者の想定よりも上を行く展開を作れたなら、すごい作品になると思います。


 優秀賞の「翠の竜」は、非常にきれいなイメージで面白い作品です。作者に才能の伸びしろがあり、今後の期待値が高い方。ファンタジーという世界観をしっかり持っていますね。ただ、それを描写する力が少し足りないと感じます。最初の竜がいる空間がどのくらい高い壁で囲われているのか、どのような壁なのか、数値や比喩がないためうまくイメージができません。竜の背中の柱も、どう生えているのかが文章からは読み取りにくく、非常に惜しい。また、作中の主人公の年齢、許嫁への感情などに違和感があります。回収されていない伏線も気になりました。


 その他の作品、「茂吉の紙魚」は5作品中一番物語に破綻がなくまとまっていました。しかし、作者の頭の中に描いたものは書かれているが、その先がない。もう少し上のステージを目指してまとめてほしい。書き慣れることでもっといろいろ挑戦できる方だと思います。「輝く石、磨く石」は、今どきかぐや姫の方式で結婚しようと考える人たちがいるのか、 というのが疑問です。また、登場する結婚希望者の男性たちのキャラクターに違和感があります。最後に陸が全部説明してしまうのではなく、謎を徐々に解明させるべきです。読者が推理する楽しみを入れてほしい。


 プロの作家を目指す人へのアドバイスとして、サービス業であることを意識してほしい。サービスを受ける側に、丁寧に分かりやすく書くことが大切。この賞はテーマが特化されている分、今後、より新しく面白い作品が出てくることを期待しています。


岡田 依世子/児童文学作家

 245作品と思った以上の応募数があり、喜ばしく思っています。最終5作品はテーマがさまざまで驚きました。また、各作品、「翡翠」をどう取り扱うかに注目して読みました。技術面で気になった点があります。ひとつは、5作のうち3作で、文中に鍵かっこを使わないセリフを多用していたこと。もうひとつ。3作に夢が出てきます。夢はこの手法じゃないと絶対だめという場合にしか使うべきではありません。それを自分の気持ちを投影するために、割と簡単に使っているのが気になりました。


 大賞の「花灯り」は、難解だけども力作です。最初は意味がわかりにくく感じましたが、何度も読み返すうちに世界観に引き込まれていきました。描写がとても綺麗で、翡翠が奴奈川姫の宿り石という発想が魅力的です。神話をアレンジして、オリジナルの奴奈川姫と大国主の話にしているのも大きなポイント。本当はこうではないと思うけれど、このお話限定の奴奈川姫像として興味深く読みました。夢の使い方で都合がいいなぁと思う所がありますが、こういう話なんだと思って読むと、素直に向かうべきところに向かっていて好印象が持てます。夢を見るきっかけになった石を単なる石とせず、翡翠、あるいは翡翠ではないかと思わせる工夫がほしかったです。


 優秀賞の「白翡翠」は、手堅くまとまっていて小説としての完成度が高い。最初は主人公にまったく共感できなかったのですが、読んでいくうちに「ああ、なるほど」と。他者との関係を上手く築けないからこうなったのかと、腑に落ちました。人間関係を読者に感じさせる構成が非常に上手いのです。台湾で次第に行動が大胆になり、心が開放されていく様子を、知らず応援していました。レスリーが、翡翠と糸魚川を知っているという流れも押さえてあり、好印象です。すべての出来事やセリフを翡翠が繋ぎ、さらには日本と台湾をも繋いだスケールの大きな展開が、読後感を豊かにしました。


 優秀賞の「翠の竜」は、児童文学向きで子供と大人が一緒に楽しめる内容でした。この後、まだ何かあるんじゃないかと期待を感じさせます。壮大な物語の序章のようで、続きを読みたくなりました。また、石にこだわらず、翡翠を竜のうろこにしたという発想が面白い。作中に使われる竜の動きの擬音や、鼻の湿った描写も臨場感がありました。翡翠文学賞の間口を広げる意味でも、ファンタジーとしてよくできた作品だと思います。ただ、旅の相棒となるロハクが、どちらかというと気持ち悪いキャラクターとして登場するのですが。そうする必要があったのか、ちょっと疑問です。


 その他の作品、「茂吉の紙魚」は、短歌の会のエピソードが具体的に描かれていない。ここがあれば、一番の山場になって盛り上がったと思います。また、ブローチが翡翠である必然的な理由がなく、他の石でも成り立つのが残念。

「輝く石、磨く石」は、調べたことを書きすぎていて、後半は解説書のようになっています。また、最後の歌には訳がついていないので、読んだ人は理解できないのでは。もし書いたとしても、恋が成就したばかりの二人を表すには寂しく、内容にそぐわないと思います。


 1回目にしてこれだけの応募があったのは、糸魚川市駅北大火があり、復興の第一歩としてもみなさんが受け入れてくれたからではないでしょうか。私のように、児童文学の作家が入ったことで応募作品の間口が広がればいいなと思います。次回は、子供向けでも大人向けでも、いろんなジャンルへの挑戦に期待しています。

伊藤 聡子/キャスター・事業創造大学院大学客員教授・糸魚川ジオパーク大使

 今回の5作品は、どれも作品のレベルが非常に高く驚きながら読ませていただきました。私は糸魚川の出身で、小さい頃は翡翠を拾ったり、長者ヶ原遺跡で遊んだりして、いろいろな物を拾って宝にしていました。今でも翡翠は家に飾っています。子供のころから身近に翡翠があり、その場で遊んでいた身からすると、この石はどんな人の想像力も掻き立てる、魅力も魔力もある題材なんだと改めて感じました。故郷の石・翡翠がこういう力を持っていることを再確認し、今回この賞の選考に関われたことを嬉しく思っています。


 大賞の「花灯り」は、現代と神話の世界を行ったり来たりする作品。私たち現代人は、こうあるべきだという価値観の中でみなが生活していますが、本当はそれぞれに光り輝くものがある。本来の夢や希望の象徴として、翡翠を重ね合わせているところが良いと思います。奴奈川姫はそういう価値観やあり方を守りながらも、自由さを保っている素敵な女性。メッセージ性において翡翠文学賞にふさわしいと思いました。ただ、1回読んだだけでは内容がわかりにくいかもしれません。


 優秀賞の「白翡翠」は、すごく引きこまれ、もっとも読み進めることができた作品です。でも、お父さんが何を追求しているのか、その秘密を知りたいと思って読んでいたら、占い師の女性が出てくる。しかも、いなくなった父は最後まで登場せず、父の秘密がわからないので、最終的に納得ができませんでした。また、最後に白翡翠を占い師に渡しますが、なぜ渡してしまうのか。重要なアイテムである白翡翠の位置づけがピンと来ないのです。限られたページ内で描ききれなかったのかもしれませんが、残念でした。


 優秀賞の「翠の竜」は、表現が細かくて情景が目に浮かびます。作品の世界観に引き込まれ、とても面白く読みました。竜のうろこが黒くなって暴れだすという展開。それは、人間の欲に対する神の怒りなのかなと、思いが広がり、想像が掻きたてられました。映像がイメージできるのは良いのですが、有名なアニメ作品など、どことなく似た要素も感じられます。そこがプラスなのかマイナスなのかが難しいところです。


 「茂吉の紙魚」は、最終的に心がじわっと暖かくなった作品。茂吉の不器用だけど純粋な春への想い。また夫婦愛の深さを象徴するのに、翡翠は合っているのかなと思います。ただ、内容が少しあっさりしすぎた感がありました。「輝く石、磨く石」は、話し全体としてかぐや姫のような婿選びにちょっと疑問があります。また、最後の砥石の解説はなるほどと思って読んだのですが、糸魚川ジオパーク内の解説文としてならいいけれど、小説としては説明が多すぎると感じました。


 翡翠は日本で唯一糸魚川からしか出ない石。今回の大賞は、そこにある神話もからめ、奴奈川姫を上手く使いながら、現代を生きる私たちにメッセージをくれた素晴らしい作品です。次回以降は応募される方は、そこに囚われず、翡翠をまったく別の解釈で膨らませてもいいし、SFにしたり宇宙とつないだりしてもいい。翡翠や奴奈川姫をどんな発想で解釈してくれるのか。次回にも期待しています。



(参考)最終選考作品

「茂吉の紙魚」 鳥野 美和子 作(東京都)
「輝く石、磨く石」 浜矢 スバル 作(岩手県)